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温井ダムの瀑布
2016-08-18 Thu 12:29
温井0


ちょっと前に遡りますが、今年の6月に県北の温井ダムを見学してきました。

温井ダムは、広島県山県郡安芸太田町に在り、
太田川の支流である滝山川の中流部に建設されたアーチ式ダム。
県内とは言え、広島市内から高速道路を使わず一般道を行けば2時間近くかかります。


温井1
ダムの高さは156m
アーチ式としては国内において、あの黒部ダムに次いで2番目になります。


上の写真の中央部を拡大してみると…
温井2
                                               
温井3
何やら人影らさきものが… 
これは、ダムの大きさを実感する為に置かれた人形で
治水太郎という名まで付けられています。(因みに彼の身長は170㎝) 


温井4
こちらは管理棟に併設された資料館


温井5
中には様々な資料が展示されています。(写真は建設当時を再現したジオラマ)


温井6
温井ダムはダム堤体の上から見学エレベーターで下部まで下りる事が出来ます。


温井7
まるでSF映画に登場しそうな通路を通っていくと…

温井8
岩が展示してあります(触る事も出来る)


温井9
ダムを支える岩盤の一部を展示していました。


温井14
MAPを見ると、堤体から下部までの道順が表示されています。


温井10
ダム下部に出てきました(見上げると、かなりの迫力)


温井11
正面には副ダムと呼ばれる施設が
放流した水を、いったん副ダムに貯めて、河川の水位の急激な上昇を防ぎます。
環境への影響を最小限にする為のシステム


温井12
副ダムを上から見ると、二段構造になっているのが分かります。


温井13
副ダムの下流に一体の人形が…先の治水太郎の仲間同じ身長なんだそうです
名前は利水次郎 比較しやすいように置いてあるようですね。


温井15
放水が始まりました


温井16
下から見上げる放水は中々の迫力です。

放水の影響で周囲には霧雨が発生し、見学していると びしょ濡れに
今回は合羽と防水カメラで対応しました^^


温井17
ダムの傍に在るレストランtoretamon(トレタモン)に立寄って


温井18
ダムカレーに舌鼓

因みにダムカレーとは、ダムもモチーフにしたカレーの事ですが、
(黒部ダムカレーが結構有名かも
驚いた事に日本ダムカレー協会なるものが有るみたいです:笑
それによると、2016年8月現在、国内には81種のダムカレーが確認されているのだとか
意外と多いですね

詳しくは こちら 日本ダムカレー協会
                
           クリックするとサイトが開きます


今回も恒例の動画を用意しましたので、宜しければ見てやって下さいませ



さて、次回の記事では本命の黒部ダムへ…
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京都宿泊記之壱(煙草王の遺した長楽館②)
2016-01-26 Tue 01:02
長楽館の主(あるじ)村井吉兵衛は日本における近代たばこ産業の始祖
彼の生家は貧しく9歳で叔父の養子となり、その後家督を相続し煙草界で成功を収める
明治37年に煙草産業が国有化された際、莫大な補償金を元手に村井財閥を発足
吉兵衛の死後、財閥は衰退していく事になる。

長楽館は吉兵衛の隆盛期に造られ彼の華やかかりし頃を現在に伝えている。


長楽館0
『長楽館』と名付けたのは初代総理大臣 伊藤博文 公


それでは一階から順にご案内致しましょう。

長楽館23(サンルーム)
サンルーム…建築当時は温室でした。写真のごとく現在天井は塗潰されていますが、
         当初はガラス張りだったのです。


          長楽館24(サンルーム)
          当初は館(やかた)の玄関として使われていた扉も
          長年の風雪に痛み、現在ではカフェとして利用されている、
          サンルームの入口に移設されました。


長楽館25(サンルーム)
元々玄関だっただけに美しいステンドグラスがはめ込まれています。


長楽館26(ダイニング)
ダイニングルーム…西洋の館では最も大切な部屋として扱わてきました。


長楽館27(ダイニング)
長楽館においても同様で、イギリス・ヴィクトリア調のネオ・クラシック様式は
明るく優雅な空間を演出しています。

長楽館28(ダイニング)
壁や天井など室内の装飾や豪華なシャンデリアも当時のまま


長楽館29(ダイニング)
現在はフレンチ・レストランとして利用されています。


長楽館30(迎賓の間)
迎賓の間…当時は貴婦人達をもてなす為のドローイングルームでした。


長楽館31(迎賓の間)
現在は、アフタヌーンティー専用の部屋として使われているそうですが


長楽館32(迎賓の間)
我々は朝食時に利用しました。
食後のティーに、三種の葉を持って来て香りで選ぶ紅茶が印象に残っています。


長楽館33(球戯の間)
球戯の間…当時はビリヤード室でした。


長楽館34(球戯の間)
ステンドグラスが印象的な、この部屋には かつてビリヤード台が置かれていたのです。


長楽館35(球戯の間)
紅葉をあしらった円形テーブルは現在カフェとして利用されています。


長楽館36(書斎)
書斎…主(あるじ)であった村井吉兵衛の執務室でした。


          長楽館37(書斎)
          こちらも現在はカフェ・ルーム


長楽館38(書斎)
意匠を凝らした重厚な作り付けの書棚


続いて二階へ

長楽館39(貴婦人の間)
貴婦人の間…ここは村井吉兵衛の妻、宇野子が過ごした部屋です。


長楽館40(接遇の間)
接遇の間…当時のゲストルーム


長楽館41(接遇の間)
マイセン磁器などの調度品も当時のまま残されています。


長楽館42(鳳凰の間)
鳳凰の間…賓客向けのゲストルームでした。


         長楽館43(美術の間)
         美術の間…当時の美術室にはコレクションの数々が展示されていました。


長楽館44(美術の間)
こちらも当時使われていた鏡台


長楽館45(美術の間)
中村白玲画伯の紫陽花


長楽館46(喫煙の間)
喫煙の間…かつての喫煙室


長楽館47(喫煙の間)
ステンドグラスの扉を開けると、正面シャンデリアの奥にもステンドグラスが重なる
(拡大してご覧下さい)
更に、その下の扉の向こうにはバルコニーが備え付けられています。


長楽館48(2階フロア)
中央フロアの階段を使い三階(最上階)へ


長楽館49(2階フロア)
三階は、1・2階とは異なり和風様式の造り


長楽館50(長楽庵)
長楽庵…書院形式の茶室


長楽館51(長楽庵)
表千家に残る『残月亭』の写しと伝えられています。


長楽館52(長楽庵)
『残月亭』は千利休の聚楽屋敷にあった色付九間書院を写したものと伝わる。


長楽館53(御成の間)
御成の間…折上格天井とバカラ製のシャンデリアが
        和洋折衷の豪華な空間を作り出しています。


長楽館54(御成の間)
付書院や飾り窓が雅な書院造


長楽館58(御成の間)
襖絵は神坂雪佳の作と言われています。


長楽館55(御成の間)
障子の間から東山を望む。


長楽館56
100年の歳月を重ねてきた長楽館も流石に老朽化が進んだのか
現在リニューアルの為カフェ・レストラン・宿泊共に休業中
来る2月18日に工事を終えてグランドオープンの予定です。


長楽館57
建物だけでなく調度品も当時のまま保存されていて
現役にて利用可能な文化財として貴重な長楽館

古き良き明治に思いを馳せながら至高の時を過ごさせて頂きました

最後に動画を作ってみました。

と言っても上記写真のスライドショーがメインですが
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京都宿泊記之壱(煙草王が遺した長楽館①)
2016-01-25 Mon 02:46
昨年の秋、京都を満喫をした際のリポートをしてきましたが、
今回から宿泊した宿をご紹介していきます。


長楽館1
京都は八坂神社の程近くに今回の宿が在ります。


長楽館2
円山公園内に位置する洋館の名は『長楽館』
明治の煙草王 村井吉兵衛の別宅として立教大学 学長のアメリカ人ガーディナーの
設計によって5年の歳月をかけ1909年( 明治42年 )に完成しました。


長楽館3
鹿鳴館を凌ぐと言われた名館は国内外の賓客を数多くもてなしてきた
迎賓館でもあったのです。


長楽館4
外観はルネッサンス様式の重厚な佇まい


長楽館5
内部はロココ様式やネオ・クラシック、アールヌーボーといった建築スタイルを
取り入れて優雅な空間を演出しています


長楽館6
宿泊には本館に隣接された宿泊棟を利用します
4階建て 2階~4階の各階に二部屋づつ、計6部屋のみのホテル


長楽館7
プライベートラウンジは宿泊者専用


長楽館8
各種ソフトドリンクやコーヒー等がフリー


長楽館9
各階にはスタッフが常駐しており、付かず離れずのサービスが見事
深夜にドリンクバーを利用しようとしたところ、
写真の受付奥から出てきて対応してくれたのには驚きました。


長楽館10
ライブラリーには京都に関する書籍やCD、DVDなどが用意してあり
勿論客室へ持ち帰って楽しむ事も出来ます。


長楽館11
展望ラウンジからは東山や知恩院、平安神宮などが望めます。


長楽館12
ベットルームは落ち着いた雰囲気


長楽館13
今回利用した部屋は最上階のパノラマツインルーム
円山公園や周辺が一望できます


長楽館14
室内を照らすのは淡い間接照明


長楽館15
パウダールーム


長楽館16
バスは広めでジャグジーが気持ちいい


長楽館18
夕食はイタリアンとフレンチから選択出来ますが、
フレンチはドレスコードがあって煩わしかったので^^; イタリアンを選びました。


長楽館19
ディナーレストラン…緑がライトアップされて、いい感じです


長楽館20
量を抑え気味にしてもらったのですが、意外と食べ応えありました


長楽館17
夕食を済ませて戻ると暖炉が部屋を暖めていました


長楽館21
日が落ちると館の周囲がライトアップされます


長楽館22
かくして長楽館の夜は更けていきます


今回はここまで
次回は本館をご案内しましょう。
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煙霞の痼疾、泉石の膏肓(天龍寺開山・夢窓疎石)
2016-01-20 Wed 00:05
天龍寺2
大河内山荘を後にして、竹林の道を歩きます。
本来なら凛とした素敵な景観が楽しめるのでしょうが実は凄い人混み


天龍寺1
こんなに人が多いと折角の景観も台無しです
先の清水寺同様、竹林の道も早朝がお勧め 人が少ないので本来の景観が楽しめます
夜にはライトアップされて更なる人出が見込まれるのだとか…

竹林の道を抜けて、次に向かうは天龍寺
康永4年(1345年)の創建で後醍醐天皇を弔う為に建立されました。
かつては、先に訪れた渡月橋や亀山公園なども含めた広大な境内を誇っていたのです。


天龍寺3
大方丈(書院)は天龍寺最大の建物


天龍寺4
曹源池…左手に嵐山、正面亀山 小倉山、右手遠景に愛宕山を借景とした池泉回遊式庭園
      
      
天龍寺5
同じく曹源池…開山、夢窓国師作庭当時の面影をとどめており、
わが国初の史跡・特別名勝指定。更に1994年世界遺産に登録されている。


          天龍寺6
          庫裏(くり)…台所兼寺務所 屋根の上の櫓は煙突の機能を果たす


天龍寺7
曹源池庭園を挟んで大方丈と小方丈を望む
春の頃には枝垂桜がさぞかし美しい事でしょう。


さて、例のごとくタイトルの解説です^^;
「煙霞の痼疾、泉石の膏肓」とは天龍寺開山(初代住持職)であった夢窓疎石の言葉

煙霞(えんか)美しい自然の風景
痼疾(こしつ)習癖
泉石(えんせき)庭園
膏肓(こうこう)病(やまい)

『美しい山水を好む習癖と庭造りは持病のようなもの』という意味です。

一途に勤しむ作庭は一生治らない(止められない)
庭をこよなく愛した疎石ならではの言葉だったのでしょう。
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西郊に遊ぶ
2016-01-19 Tue 00:49
嵐山11

京都滞在も三日目となり
他の用事もこなす合間の割には、かなり廻れた名所の数々
この日は嵯峨野・嵐山に向かいます。

嵐山へは車で向かう事も考えましたが、渋滞が激しく駐車場も不足しているようで
公共交通機関を使った方がスムーズな移動が出来そうです。
京都市街地の宿から地下鉄と嵐電を乗り継いで向かいました。

京都地下鉄1
地下鉄駅構内には、こんなポスターが色々貼られていて楽しませてくれます


嵐電1
嵐電は路面電車


嵐山1
嵐電を降りると桂川を左に見ながら上流へと上がっていきます。
写真は有名な渡月橋


嵐山2
桂川の渡し(遊覧船と言った方が正確)
舳先を交差しているのは対岸の茶屋へ向かう手漕ぎボート

更に桂川に沿って上流へ…この辺りは車両乗り入れ規制区域になっており
徒歩での移動に限られます。
それにしても人が多い平日だというのに凄い混み様です。

この後予約していた昼食処へ向かいますが、詳しい話は別の機会に改めて

食後は亀山公園を超えて嵯峨野へ向かいます。


嵐山4
亀山公園から桂川を望む…このアングルは嵐山のイメージとして有名
写真中央をアップにすると


嵐山3
星のや京都なる有名な旅館が見えます
中々予約が取れない人気の宿で、今回私も試みましたが満室で断念


嵐山5
亀山公園を越えると、有名な竹林の道が見えてきます。
写真には写っていませんが、実は人混みの混雑ぶりが半端ないです★


         嵐山7
         大河内山荘に立ち寄ってみました。


嵐山6
昭和初期、銀幕の大スターだった大河内傳次郎が生涯を掛けて作り上げた
広大な庭園が今に伝えられています。


嵐山8
中門(ちゅうもん)…庭園の内郭と外郭が、この門で区切られる


嵐山9
持仏堂…大河内山荘は此処から始まった
      傳次郎は最初に持仏堂を造り、ここから庭園を広げていったと言われています。


嵐山10
滴水庵…茶室


嵐山12
庭内の通路にも風情がありますね。


嵐山13
大乗閣…山荘の中心的存在 日本の伝統的建築の粋を集めた建物


庭園は庭師の広瀬利兵衛、大乗閣は数寄屋師の笛吹嘉一郎といった一流の職人の
手による物だが、基本的構想は傳次郎に依っている。
大河内傳次郎は映画俳優のみならず、作庭においても才能に恵まれていたのであろう。

最後に恒例のタイトル解説を少々

西郊に遊ぶ」の西郊とは嵯峨野の別名
かつて平安時代には、嵐山や嵯峨野は公家たちから西郊と呼ばれていました。
嵯峨野が都(平安京)から西の郊外に位置していた為だと言われています。



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