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健磐龍命神社と遠見ヶ鼻
2014-04-11 Fri 16:01
今は昔 神話の時代
神武天皇(初代天皇)は孫の健磐龍命を九州平定のため遣わしました。
健磐龍命(たけいわたつのみこと)は
九州の中心は阿蘇だから阿蘇に本拠を置こうと考え、
宮崎に上陸し阿蘇へと進んでまいりました。

その頃の阿蘇は湖だったので(外輪山の内側は湖だった)
何とかして水をなくし広大な田畑を造ろうと考え、
二重峠を蹴ってみたものの二重だから破れません。

そこで場所を変えて満身の力を籠めて蹴りました。
今度は見事に蹴破ることに成功しましたが、あまりに力を込めた為
はずみで尻餅をついてしまい、「立てぬ」と叫ぶと、
以後、その場所は“立野”と呼ばれるようになりました。
そして水が流れ出した時に滝から数頭の鹿が流れたので
“数鹿流ヶ滝”(すがるがたき)という名が付きました。

水は音を立てて勢い良く流れ出していきます。
しかし、あともう少しというところで水が中々ひかないので
上流を調べてみると巨大な鯰が水を遮っていたのです。
健磐龍命が、この鯰を退治すると、ようやく水が引いたという。

その後、鯰が再び水の出口を塞がぬようにと命が鯰の鼻に蔓(かずら)を通して
一の宮町尾籠の大岩に繋いだので、その岩を“鼻ぐり岩”と言うようになりました。
しかし、その甲斐も無く鯰は大暴れして流れ下り、
川が濁ったことから黒川と呼ぶようになったのです。

そうして水が引いた後の肥沃な大地は、長い長い年月をかけて開拓され
現在の阿蘇市に至るのです。


阿蘇に伝わる昔話によると
今をトキメク黒川温泉の由来は鯰(ナマズ)だったんですね


さて、阿蘇山フライトの後、次の宿に向かう途中立寄ったのが阿蘇神社

阿蘇神社1
神社の参道は正面に伸びているのが一般的ですが、阿蘇神社は横に伸びていて
その先、南側にはご神体の阿蘇火口が鎮座します。


阿蘇神社2
楼門は神社としては珍しい仏閣の様式で建てられ
茨城県の鹿島神社、福岡県の箱崎宮と合わせて日本三大楼門に数えられる。


阿蘇神社3
全国に約450社ある“阿蘇神社”の総本社
私が訪れる三日前の3月14日に勇壮な火振り神事が行われたばかり。


阿蘇神社4
祀られている12柱の神を阿蘇十二明神と呼び
その主祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)で神武天皇の孫にあたり、
阿蘇を開墾した神とされている。
(冒頭の昔話は勿論、先の記事にて紹介した米塚を作ったのも、この神)
本記事のタイトルも、それに由来します。


続いて大観峰へ…

阿蘇谷1
阿蘇神社から南下し、外輪山へ
大観峰の西側、湯浦パーキングより内牧方向の阿蘇谷を望む。


阿蘇谷2
一面、野焼きの跡…阿蘇の美しい草原は長い年月を掛け人の手により作られた。


阿蘇谷3
案内板はクリック拡大がお勧め…地図は通常と逆で下側が北


大観峰1
大観峰からのパノラマ写真…こちらも拡大がお勧めです。
大観峰は阿蘇北外輪山の最高峰。


大観峰2
カルデラ盆地の阿蘇谷や阿蘇五岳をはじめ、九重連山を一望することができる。


大観峰3
中央に見える煙は中岳火口の噴煙


大観峰4
阿蘇市は外輪山のカルデラ内に収まっていて、その広大さが実感出来ます。

当日は月曜だというのに、パラグライダーが盛んに飛んでいました。
下から眺めていても気持ち良さそう
先にご紹介した阿蘇フライトの動画冒頭シーンはここで撮影した物。
因みに記事のタイトルに使用した遠見ヶ鼻とは大観峰の古い呼び名です。


阿蘇・大観峰を後に今宵の宿に向かいます。
竹A
写真は宿で最初に撮った1枚ですが、カーナビを使ったにも関わらず
道に迷う羽目に

詳しくは次回にて…

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