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嘗ての桃源郷は今…(失われた日本の原風景)
2013-07-27 Sat 21:58
鳴門の渦潮で有名な鳴門海峡の四国側が鳴門市
南下すると徳島市に入る頃、吉野川の河口が紀伊水道に注ぐ。

かつて四国三郎の異名で知られた吉野川は、利根川・筑後川と並んで
日本三大暴れ川の一つであった。
四国最大にして、唯一水流が四国四県に及んでいる川でもある。

先の栗林公園を後にして高松中央ICから再び高速道路へ
高松自動車道徳島自動車道を経て井川池田ICで降りると、そこは徳島県三好市
吉野川を右に見ながら国道32号を西進すると、すぐに池田高校が見えてくる。
高校野球の強豪として甲子園を沸かせた学校だ。

更に西進すると池田大橋に差し掛かるが、この時北側に見える池田へそっ湖大橋が美しい
(写真を見たい方は文中の青い文字をクリックして下さい)

池田大橋を渡ると道は南に転ずる。

吉野川を左に見ながら南下すると段々と川幅は狭く、両岸は険しくなっていき
やがて30分程で大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)に達する。

大歩危1

大股で歩くと危険な処だから大歩危、小股で歩いても危険な小歩危が地名の由来

大歩危2

川の両岸には吉野川の激流が削って出来た奇岩が立ち並ぶ

大歩危3

下流の小歩危から上流の大歩危まで、およそ3~4kmに渡って臨む景観を
大歩危小歩危と総称される事が多いが、一帯は剣山国定公園に含まれ
その激流を求めて、夏には世界中からラフティング・カヤックの愛好家が集う。

小歩危峡から、およそ6km上流の大歩危駅(JR土讃線)で吉野川に別れを告げ
北東に転じて県道45号線へ
吉野川の支流 祖谷川に沿っておよそ4kmで西祖谷村に入ると
道の駅「にしいや」で昼食を取った後、目的地への案内人に連絡を付ける事に…

案内して下さるのはNPO法人 篪庵トラストさん
目指す処はカーナビを使っても困難な場所に在るため、
篪庵トラストの事務所で落ち合って案内してもらう手筈であったが
既に約束の刻限が迫っていた。

聞くと現在地から篪庵トラストの事務所までは40分の道程だとか
距離にすると8km足らずなのだが、実際に車を走らさせてみると50分近く掛かった。
舗装はしてあるが、その道は狭く曲りくねり、急勾配の連続であった。

それでも道は良くなった方で、かつては小歩危峡の下流約4kmの祖谷口から
旧道を使うしかなく、かなりの悪路だったと言う。

西祖谷
西祖谷村…こんな山奥にまで小さいながらもビルが建っているのには驚かされる。

小さくて分かり辛いので、拡大写真を用意しました(クリックで拡大)
            
西祖谷(大)

国土の隅々にまでアスファルトが敷かれ便利になった反面、
失われてしまったのは 美しかった自然と共存していた日本人の原風景。

僅かに残された日本の原風景を求めて、更に山奥へ…

篪庵トラストの事務所に着いた時には、既に約束の時間を1時間過ぎていた。
其処から案内人の先導で更に奥の東祖谷へ…

山は益々深まり道は細くなり、ガードレールも姿を消し
「こんなところで道を踏み外したら間違いなく助かるまい」とスリルを味わいながら
最後は我が愛車がギリギリ通れる狭き道(大型車は無理、観光バスなど論外)を
抜けてようやく辿り着いたが、その殆どが舗装されていた。
恐るべし国土交通省
こんな山奥の道にまで舗装するとは

祖谷1
祖谷渓(いやけい)…徳島県西部に在って
吉野川の支流、祖谷川上流部に沿って10kmに及ぶ渓谷
日本三大秘境の一つに数えられる深い谷は、古くから当地を外界と隔離させ
祖谷特有の文化や慣習を育んだ。

こんな伝承が残されている。
 
 讃岐屋島の合戦で敗れた平家の平国盛は安徳天皇と共に寿永2(1183)年
 東祖谷に入り、大枝岩屋に身を隠した。
 安徳帝はその後、かの地で崩御されるが、国盛の子孫は平家の隠れ里を造り
 安徳帝と平家一門の墓を護り続けた。

史実によると安徳帝の最期は壇ノ浦の戦いで祖母の平時子と共に海中に
身を投じた事とされており、祖谷の伝承の真偽は定かではないが、
もしかすると平家の落武者が当地に辿り着いたのは真実かも知れない。

何れにしても、古(いにしえ)より外界と隔絶された秘境ならではの伝承と言えるだろう。

そんな祖谷も大正初期に祖谷川に沿う街道が完成し、
序々に秘境としての特色を失っていく事になる。


ちいおり1

遥かに便利になった現代でさえ、ちょっと運転に苦労しながら漸く辿り着いたのは
篪庵(ちいおり)と呼ばれる古民家

ちいおり4

祖谷の古民家の特徴は天井が無い事
屋内は台所と居間にしか区切られておらず、
小さな家の殆どの空間を占める広い居間は茅葺の屋根裏まで吹き抜けで
思いの外、開放感を感じる。
その反面個室が無い為、家族内におけるプライベートな空間は存在し得ない。

ちいおり3

室内に入って最初に感じたのは、お香に似た匂いであったが、
これは、お香ではなく長年囲炉裏に焚かれた煙が藁葺きに染み付いたもののようで、
同じく囲炉裏に炙られた柱なども、独特の黒光りを放っていた。

ちいおり5ちいおり6

実はこの篪庵、宿泊も可能。
古(いにしえ)の面影を残しつつ、快適さの為改装も施されており、
IHクッキングヒーターやエアコン、シャワー室に檜風呂
更には何と床暖房まで備えているのだ

ちいおり8

そんな篪庵を管理しているのは、ここまで案内してくれたNPO法人 篪庵トラストだが
所有しているのはアメリカ人のアレックス・カー氏
氏が学生の折、日本中を旅していた時に打ち捨てられた廃屋を見付けたのだが、
どうにも気に入ってしまい、土地ごと購入してしまったのだとか
1973年の事であったが、その頃はまだ祖谷には今は失われてしまった
美しき日本の原風景が辛うじて残されていた。
しかし同時に祖谷においても藁葺屋根はトタンに変わりつつあり、
アスファルトやコンクリートと共に都市化の波が迫りつつあったと言う。

ちいおり2

購入した古民家は廃屋としては良い状態であったが、屋根の藁葺きが痛み
一部で雨漏りを起こしていたので、氏は葺き替えを試みる。

一軒の藁葺きを葺き替えるには、膨大な量の茅が必要となるが、
40年前の当時においても祖谷には既に殆ど茅場が残されておらず、
氏が頼った最後の茅場も葺き替えが終わると同時に栗林に姿を変え、
祖谷から茅場が消えたのは1988年であった。

その後更なる時を経て、氏が購入した古民家は再度の屋根の葺き替えに迫られるが、
既に祖谷に茅場は無く、遠く九州から取り寄せる事となる。

やがて祖谷の開発が進むにつれて、自然が目の前で失われていくのを嫌ってか、
氏は徐々に祖谷から距離を置くようになり、
やがて殆ど訪れなくなったという。
祖谷の自然と、其処に住んでいた素朴な人々が好きだった氏には
それらが失われゆくのが耐えられなかったのかも知れない。

ちいおり7  

ところが同時に都市化に向かう日本人の心情にも理解を示す。
篪庵を改装した際、1950年頃に書かれた少女の日記が見付かるのだが、
その日記には、祖谷の生活の貧しさと大都会に対する絶望的なまでの憧れが、
涙と共に切々と書かれていた。
その日記を読んで、日本人はなぜ自然を破壊しコンクリートとアスファルトに
埋もれていったのか、氏は少し理解出来たという。

考えてみれば、既に都会に住み便利な暮らしを享受している私達が、
田舎の人々に不便な生活を押し付け、都市化を非難するのは
いささか勝手というものであろう。

少女の日記は彼女が十八歳になったとき突然途絶えてしまう。
どうやら家出をしたようで、
残された老夫婦は「こどもかえらず」と記した紙を雨戸に逆さに貼り付けた。

ちいおり9

祖谷は西祖谷と東祖谷に分かれる。
氏が初めて訪れた1973年当時も既にJR土讃線や国道32号に近い西祖谷は
都市化が進んでいたが、更に奥の東祖谷には比較的昔の姿が残されており、
同時に過疎化も進んでいたという。

その現象は現在においても同様で、西祖谷に在る有名な「かずら橋」は
すっかり観光地化されて年間数十万人が訪れる。
週末などは観光客で込み合い、橋を渡るのに順番待ちを強いられる程。

しかし東祖谷は比較的開発が進んでおらず、僅かながら昔の趣も残されている。
そんな東祖谷に在る篪庵もまた下界から遠い場所に在り、
街中に移築された古民家とは一線を画く所以である。

願わくは、これからも篪庵へと通ずる道は大型(観光)バスが通れない
狭き道のままであって欲しい。

嘗て江戸時代の石碑に「祖谷、我阿洲(阿波藩)之桃源也」と記された
当時の桃源郷は失われ、その名残を残すのみとなったが、
失われた原風景の残像が垣間見れる貴重な場所なのだから…

最後に篪庵の由来に付いて

アレックス・カー氏は手に入れた古民家に祖谷の子供に親しめる名前を付けたかった。
日記の少女の影響もあったのだろうか
氏はフルートを吹くので、「フルートの家」という意味の素敵な日本語を探したが
中々見付からない。
そこで古い漢和辞典を披いてみると「篪」(ち)という漢字が目に付いた。
常用外の古い字は「竹の笛」という意味で、素朴な祖谷にピッタリだった。
これに小屋という意味の庵を付けたが「ちあん」と読んだらいかにも茶室のよう。
そこで訓読みの「いおり」を採って「ちいおり」と呼ぶ事にした。

祖谷2

満天の星の下、風にそよぐ木々の音を枕に眠る…
夜の篪庵も、さぞかし素敵であろう。
何れは泊まりに来たいものだが、今夜の宿は別に取ってある。

秘境の名残に後ろ髪を引かれつつ東祖谷を後にした.
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