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史上最大の海戦
2011-10-23 Sun 00:00
今を遡る事67年前の今日
1944年10月23日から25日にかけてフィリピン周辺の海域において
日本海軍とアメリカ海軍が激突史上最大規模の海戦が行われました。

アメリカを中心とした連合軍はキングII作戦によりフィリピンのレイテ島に上陸を開始、
これに対応して日本軍は捷一号作戦を発動、アメリカ軍の進攻阻止が目的でした。

フィリピンがアメリカに奪還されてしまうと、石油などの資源の供給が絶たれ
当時の絶対国防圏が瓦解してしまう事から、必勝を規した日本海軍は
残存するほぼ全ての艦艇を投入し、決戦に挑むが…

先の南太平洋海戦やマリアナ沖海戦によって、空母を中心とした日本の航空戦力は
弱体化しており、強力なアメリカ軍の航空部隊に対抗でき得る戦力は残されていなかった。
日本海軍に残されていたのは、既に海戦の主役を航空機に奪われ、
時代遅れとなった戦艦部隊のみ。

しかし、この戦艦部隊をアメリカの航空部隊と戦わせても、勝てる見込みはなく
その結果日本海軍が採った作戦とは、残った航空部隊を囮として
アメリカ軍航空部隊を誘き寄せ、その隙に主力の戦艦部隊でレイテ島に上陸した
敵陸上部隊を攻撃する…というものであった。

ここに、囮となった航空部隊(小沢艦隊)[小沢中将指揮]が
全滅を覚悟の壮絶な戦いを繰り広げるエンガノ岬沖海戦が生起する。






レイテ3
米艦載機の攻撃により沈没直前の空母瑞鶴


小沢艦隊が決死の囮作戦を闘っていた頃、
主力の戦艦部隊(栗田艦隊)[栗田中将指揮]は、
アメリカ軍航空部隊の波状攻撃により多大な犠牲を出しつつも、
レイテに向けて進撃していた。


レイテ4
シブヤン海海戦において米艦載機の攻撃を受ける戦艦大和
この後、僚艦の武蔵が沈む



栗田艦隊に合流すべく別ルートからレイテを目指した艦隊もあったが、
西村艦隊と志摩艦隊はスリガオ海峡海戦でオルデンドルフ少将の戦艦部隊に敗れている。

レイテ2


そして、栗田艦隊は夜のサンベルナルジノ海峡を通過しサマール島沖に差し掛かったところで
アメリカ軍護衛空母部隊と遭遇する事となる。
通称“タフィ3”と呼ばれる、この部隊は主力部隊ではなく
レイテ島の上陸部隊の護衛を任務としていた。
これを敵の主力部隊と誤認した栗田艦隊は攻撃を開始する。

時に昭和19年(1944年)10月25日午前6時57分、
戦艦大和の主砲46cm砲が唯一敵艦に火を噴いたサマール沖海戦の始まりである。






通常、空母は戦艦の射程距離外から、その艦載機により攻撃するため
戦艦VS空母の戦いは、圧倒的に空母が有利。
しかし戦艦が自身の射程距離内まで空母に肉薄すれば話は別。
この奇跡的な遭遇戦が発生したのは、後にも先にもサマール沖海戦だけである。

日本軍にとっては千載一遇のチャンスであり、戦力的にも圧倒的に有利であった。

対するアメリカ軍にとっては、絶対絶命のピンチ
空母を護衛していたのは駆逐艦部隊だけで、
日本の戦艦部隊は、まともに戦って敵う相手ではない。
この状況下で彼等は果敢に攻撃を仕掛け、空母1隻駆逐艦3隻を失うも、
空母部隊の全滅を防ぎ、戦場からの離脱に成功している。

日本軍も巡洋艦4隻が被害を受け戦線を離脱している。
戦力差や互いの損害を総合的に判断すると、
サマール沖海戦はアメリカ軍の勝利と言って差し支えないだろう。

この戦いの後、栗田長官は何故か反転命令を出し、
作戦目標のレイテ島を目前にして栗田艦隊は戦場を去っている。

唯一勝機に恵まれたサマール沖海戦で勝てなかった日本軍は
その他の海戦(シブヤン海海戦、スリガオ海峡海戦)でも敗北し
フィリピンの制海権を失う事となる。

レイテ沖海戦と総称される、この戦いにおいて日本軍は、
小沢艦隊の囮作戦とは別に、特記すべき作戦を行っている。
爆弾を装備した航空機(主に零戦)をパイロット諸共敵艦に体当たりさせる
いわゆる“特攻”は、この戦いから導入され
終戦まで続けられて、多くの若者が散っていく事になるのである。

レイテ1
特攻機の攻撃により沈みゆく米空母セント・ロー



因みに、史上最大の海戦と呼ばれる戦いには、
今回取り上げたレイテ沖海戦の他にジュトランド海戦との説もある。
これは、海戦の定義により意見が分かれるのだが、
戦艦同士の砲撃戦を前提にすると、確かにジュトランド海戦が最大規模となる。
イギリスとドイツ双方合わせて64隻もの各種戦艦が参加した。

しかし戦艦の砲撃戦に拘らず、海上戦闘全般として考えると
レイテ沖海戦が規模的にも上回る。
レイテの戦いでは艦船同士の戦闘だけでなく、航空戦や陸上戦を含めると
広大な戦域にわたって大規模な戦闘が行われた。

そもそもジュトランド海戦とレイテ沖海戦では、戦いの形式や時代背景が異なり
単純に比較する事自体に無理がある。
ジュトランド海戦が行われた1916年当時の海戦は戦艦同士の砲撃戦により
勝敗が決していたが、
レイテ沖海戦の1944年になると、戦いの主役は戦艦から航空機に移っていた。
事実、当のレイテ沖海戦において日本軍の主力戦艦“武蔵”が、
後の坊ノ岬沖海戦において“大和”が、
いずれもアメリカ軍航空機により撃沈されている。


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