Yahooブログから引越してきました。 温泉やアニメが大好きです。 宜しく~♪
あの戦争が終わった日
2011-08-16 Tue 10:27
昨日は66回目の終戦記念日でしたね。

巷では政府首脳陣が靖国神社の参拝を見送って、
その事に石原都知事が激怒して…と、色々騒がしかった様です。

毎年8月6日と15日になると、
太平洋戦争について考えさせられるのですが、
今回は右とか左とか、靖国の是非とか、そういった論点ではなくて
“あの戦争が終わった日”と“沖縄”について思いを馳せてみました。

現在の日本国内では、
8月15日の終戦記念日が“太平洋戦争が終わった日”
との認識が強いですが、海外に目を向けると
必ずしも同じではありません。

主なものを挙げると

1945年8月14日:日本政府がポツダム宣言を受諾した日
同年 8月15日:玉音放送により日本の降伏が国民に知らされた日
同年 9月 2日:日本政府が降伏文書に調印した日
1952年4月28日:サンフランシスコ講和条約の発効により、
           国際法上、連合国各国と日本の戦争状態が終結した日

世界的には9月2日を“戦争終結の日”と認識している国が多い様です。

ところが、沖縄においては違っていて
6月23日に大規模な戦闘は終わりますが、
その後も日本軍による小規模な抵抗が続き、
完全に戦いが終わったのは9月7日と言われています。

日本本土の盾となり、
住民も巻き込んでの熾烈な戦いが展開された沖縄では
日本が降伏文書に調印した後も戦いが続けられていたのです

当時の海軍沖縄方面司令官大田少将が6月6日に
本土の海軍次官に宛てた電報に当時の惨状が記されています。

『沖縄島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛戦闘に専念し、
県民に関しては殆ど顧みるに暇なかりき。

 然れども、本職の知れる範囲に於いては、
県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、
残る老幼婦女子のみが、相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却せられ、
僅かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、
尚、砲爆撃下風雨に曝されつつ、乏しき生活に甘んじありたり。

中略

 一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支うるのみなりという。
沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。

戦後生まれの私ですが、
現在においても米軍の基地が集中し、
日本の安全保障における負担の多くを担っている事を考える時、
上記電文の最後の一節が重く心に響くのです。

昔訪れた、どこまでも蒼い沖縄の海と共に…
沖縄の海1
スポンサーサイト
別窓 | 戦記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<Do not stand at my grave and weep | 電子日記(FC2支店) | 金衣公子>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 電子日記(FC2支店) |