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106年前の奇跡
2011-05-27 Fri 12:22
日本海海戦6m2

今から106年前の今日、1905年5月27日~翌28日にかけて
日本海海戦が生起した。

日本海軍の連合艦隊と、ロシア海軍の第2・第3太平洋艦隊(バルチック艦隊)
との間で戦われたこの海戦において、物量では圧倒的にロシア側が
勝っていたにも関わらず、日本の完全勝利に終わった結果を
当時の世界各国は奇跡と評した。


日本海海戦5
クリックで拡大します♪

しかし、現在では奇跡とは認識されておらず、
様々な条件が重なった結果の帰結とされている。
多分に結果論と言えなくもないのだが…

勝敗の要因としては、数多挙げられるのですが、
主なものだけでも

ロシア艦隊は33,340キロもの長旅で疲弊していた。
(この移動距離は、当時の世界新記録)

日英同盟により、日本はイギリス及びその同盟国から
 様々な支援を受けた。(逆にロシア艦隊はイギリスの妨害を受けている)

日本海軍は下瀬火薬や三六式無線電信機等、
 当時の最新技術を使用していた。

兵士の連度(訓練の度合)も日本が圧倒的に勝っていた。
 これは、ロシア艦隊が本国から延々日本まで航海している間
 訓練出来なかったのに対し、日本側はロシア側の到着を待ちながら
 充分な訓練が出来た事が有名だが、日本国民の識字率の高さにも起因する。
 当時の日本国民の識字率(文字の読み書きが出来る率)は75%に達していて
 ロシア国民はおろか、欧米をも凌いでいた。
 文字が読めるという事は、複雑な兵器の使い方を伝達するのに効率的だったのである。
 (取り扱い説明書を読ませておけば、基本的な使い方が理解出来た)

気象条件…海戦当日の気象も日本側に味方した。
 日本艦隊が風上に、ロシア艦隊は風下に位置したためと言われている。

他にも挙げれば沢山有るのですが、キリがないので、このくらいにしておきます。
こうして見ると、物量以外は殆どの条件が日本側に有利であり、
勝つべくして勝ったと言えなくもないのです。

しかし、単に幸運であった訳ではなく、物量で圧倒的に不利な日本側が
万策を講じて活路を見出した結果だったのです。

日本以外では対馬海戦と呼ばれる、この戦いの勝利の結果は
長い目で見ると、勝った方の日本には決して良い影響を与えませんでした。
日本海海戦の戦法に拘り続けた結果、時代の流れを見失い、
戦場における戦術では長けていても、更に広範囲を見通す戦略を軽視した結果、
太平洋戦争において補給を無視して場当たり的な戦闘を繰り返す
事になるのです。





日本海海戦をCGで再現しています。



三笠3
当時の日本艦隊の旗艦三笠は、現在も記念艦として横須賀に保存されています。
    
記念艦「三笠」






映画「日本海大海戦」より、ダイジェスト版です。
円谷英二の遺作となった本作は完成度も高く、
現在でも高い評価を受けています。
少しアス比が変ですし、期間限定での掲載ですがご了承下さい。









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