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日本海軍の象徴、海原に消ゆる
2011-04-07 Thu 00:00
大和3m

66年前の今日4月7日、日本海軍の象徴であった戦艦大和が
鹿児島県坊ノ岬沖に沈みました。

当時の最新技術の結晶であり、不沈艦とまで呼ばれた大和は
決戦兵力として温存され続け、その威力を発揮する機会を
殆ど与えられないまま、運命の天1号作戦にて沖縄を目指すも
アメリカ艦載機群の猛攻を受け、3000人以上の乗組員と共に
その最後を向かえるのです。


大和5m


真珠湾攻撃によって自ら航空機の時代を切り開きながら、
日露戦争における日本海海戦の勝利以来
戦艦同士の艦隊決戦に拘り続けた
日本海軍の矛盾の象徴とも言える出来事でした。






天一号作戦出撃前夜の事である。
最後の酒宴を行っていた海兵出身の若手将校と
学徒出身の若手予備士官との間で、天一号作戦(大和沖縄水上特攻)の
意義に付いて激しく論争となった。

「戦死する事は軍人としての誇りである」と主張する海兵出身者と
「無駄死にである。死ぬ事の意義が解らない」と主張する学徒出身者との
激論は激しく続き、
あわや乱闘寸前となった所を治めた臼淵大尉の言葉。

「進歩のない者は決して勝たない。
負けて目覚めることが最上の道だ。
日本は進歩ということを軽んじすぎた。
私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。
敗れて目覚める。
それ以外に、どうして日本は救われるか。
今、目覚めずしていつ救われるか。
俺たちは、その先導になるのだ。
日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか」

吉田満氏の著書「戦艦大和ノ最期」に紹介されている。

その後、生還した大和乗組員等から発言の信憑性に
多くの疑問の声が挙がったが、
著者は当時大和に乗り組んで戦死した若者の意見や気持ちを
代弁したのではないかとも言われている。

何れにしても、水上特攻により死に行く者たちには
寄って立つ大儀というか、
自分達が死ぬ事への意義が必要だったのではないだろうか

そしてそれは、大和以外の
他の全ての特攻隊員にも言える事だと思うのです。


大和4
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